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主人のスプーンが柔らかいシフォンにあたり、「おや?」というように顔を上げた。そして抹茶シフォンに視線を落とすと、咳払いした。
「フラーミィ、私はパンナコッタが食べたかったのよ」
嘘に決まっている。主人が味わっていなかったのは明白だ。私は大きな口をあけて、パンナコッタの最後の一口を口に運んだ。つるりとしたミルクの味。ああ、至福のひととき……。
「まあ……、いいわ。幼い頃の自分を怒るっていうのも気分が悪いわね仕方ないわ唄ってもいいわよ」
主人が会話にまぜて早口で承諾したことに、一来もいつかも気が付かない。
『アイラ、抹茶シフォンはフォークの方が食べやすいよ』
私もわざと聞こえなかったふりをする。
「パンナコッタ、もうないの? じゃあガトーショコラ食べようかな」
こちらは本当に気がついていない一来が、ガトーショコラの皿に手を伸ばす。
「あ、私ドリンクバーで紅茶をおかわりしてこよう」
これまた全く聞いていなかったいつかが、立ち上がろうとテーブルについたその手を、主人が掴んだ。
「唄ってあげても……いいわよ?」
主人は視線を宙に泳がせながら、今度は腕を組んだ。ひと呼吸して、いつかを窺う。
「えっ、本当?!」いつかが叫ぶ。「もう嘘でした、っていっても遅いよ。もう断れないよ! もういいって聞いたからね!」
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