ライブ前

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 いつかはモンスターママと浅葱先生の間に何度も視線をさまよわせる。せわしなくまばたきをするのは、目の前にいる浅葱先生に違和感を抱いたからだろう。  浅葱先生はすでに影に取って代わられている。紅霧……、いつの間に浅葱先生に接触していたのだろう?   浅葱先生の影はモンスターママの腕を取り、ゆっくりとドアまで歩いて行き、廊下に追い出すと、ぴったりと戸を閉めた。  「さあ。続きを始めよう」  浅葱先生はいつもよりも晴れやかな顔で、振り返った……。  音響と照明の打ち合わせが終わり職員室を出ると、モンスターママは腕を組んでドアのすぐ外で待ち構えていた  「終わったの?」と聞く声は鋭く尖っている。廊下で待っている間、蟻が巣穴から次々と行列して出てくるように、どす黒い感情を生み出していたのだろう。  「は、はい」いつかが答える。  「お先にありがとうございました、とかお礼も言えないのかしら、まったく。あなたたち、何部なの? 顧問は?」  「軽音楽部です」  いつかの顔はモンスターママに向けられているが、つま先は横を向いている。早く逃げ出したいのだろう。  一方、正面からモンスターママに向き合って腕を組んでいる主人は、ひと言も発するつもりはないようだ。  「顧問は浅葱せ……」はああああっとモンスターママが強く息を吐き、いつかの返事をさえぎる。ため息ではなくて、妨害音だ。なんと下品な。私は眉をひそめた。  「そうだと思ったわ」と言い捨てて、モンスターママはドアに手をかけた。  私はつい「うっかり」伸びをして、手を持ち上げてしまった。そこへ「たまたま」モンスターママの足がひっかかった。    「きゃっ」  思いのほか可愛らしい声をあげて、モンスターママはつんのめって、転んでしまったが、私とて伸びをしたくなることもある。ここはお目こぼしいただこう。
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