ライブ前

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 体の周りを覆っている黒いもやが一気に濁り、小さく千切れ、黒い羽虫のように周りを飛び交い始めた。黒羽虫は影のしもべだが、鏡の中の人間の精命が黒く染まったことの指標でもある。紅霧がほくそ笑む顔が頭に浮かび唇を噛んだ。  浅葱先生の影が手を伸ばす。夕陽に影が伸びるように、手が伸びて、伸びて、伸びて……。モンスターママの首を、鷲づかみした。  モンスターママは怯えながらも、浅葱先生の真っ暗な穴のような目から、目を離すことができない。そして息苦しさからか恐怖からか……、意識を失った。椅子の背もたれが意識を失った人間の重みに悲鳴をあげる。力を失った腕が、椅子から落ちて振子のように揺れる。  浅葱先生はモンスターママを上から見下ろし、赤い舌で唇を舐めた。首をグネグネと回し、肩を右、左と順番にくねらせる。手の甲に筋が浮き上がり、さらに力がこもっていく……。  『その辺にしておいたらいかがですか?』    私は人型をとり、モンスターママの首を掴んでいる、浅葱先生の手首に手を(つか)んだ。  「なぜ……?」  『なぜ?』  「この女は悪い奴だ。お前も知っているだろう? なぜ止めるのだ」浅葱先生の顔と声で聞く。  『私個人としては、その女性がどうなろうとどうでもいい事柄なのですが。頼まれましたのでね……』   「断ったらどうするつもりだ?」
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