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『そうですねえ……。不本意ではありますが、阻止させていただきます。 影のあなたがやったことだとしても、罪を問われるのは浅葱先生、という人格ですからね』
浅葱先生の影の腕を握っている手に力を込める。精命が膨れ上がり、暴力的なほどのジャスミンの香りが、浅葱先生の影の周りに竜巻の檻を作る。机の上に置かれたままの書類が何枚も巻き上がり、いつでも襲いかかれる刃物となって竜巻の中を回る。
眼鏡の奥で、浅葱先生の影の瞳が薄い藍色に光った。鏡の中の浅葱先生から精命を吸おうとしているのだ。まずい。本体が弱ってしまう。
『私には勝てませんよ』
ジャスミンの竜巻の包囲を狭める。浅葱先生の影は、無理やり入り込んできた私の精命にむせ込んだ。
影はもがくように頭を振って、絡みつくジャスミンの香りを振り払おうとした。それが出来ないと悟ると、モンスターママの首からようやく手を離し、よろけるように後じさった。
そして震える手で、自分の体を覆う小さな羽虫のような千切れた影を、モンスターママに放った。
『どうするおつもりですか?』
浅葱先生の腕から手を離さずに聞く。
「この位はいいだろう? どうせこの子たちは大したことはできない。せいぜい、監視と……時には少々警告を与えるくらいだ。そう、先日、君の主がやったいたずら程度の、ね」
主人が小さな蜘蛛の影を放って、モンスターママを追い払ったことを知っているらしい。
『紅霧に聞いたのですか?』
浅葱先生の影は私の質問には答えず、「あの時はありがとう。助かったよ」とだけ言った。
『まあ、いいでしょう。それであなたは浅葱先生本体をいつまで紅霧の鏡に閉じ込めておくつもりですか?』
「私は完全に入れ替わるんだ。それは、浅葱も望んでいることだからな」
『浅葱先生が影になりたいとおっしゃっていたのですか?』
「あいつは優しすぎるのだ。生徒を守りたいのに、守れない。それどころか自分さえ守れていない。だから代わりに守って欲しいと言っていた。生徒達を」
浅葱先生の影から手を離す。宙を舞っていた書類が勢いを失って床に散らばった。
キイ、と椅子が軋る音がして、頭をふりながらモンスターママが目を開けた。
浅葱先生の影は心配そうな表情を素早く顔に貼りつけた。モンスターママの顔を覗き込み、まだ完全に覚醒してはいない瞳を捕らえる。
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