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「大丈夫ですか? 急に倒れたのですよ。血圧でも高いのではないですか……?」
「けつあつ」モンスターママはぼんやりと繰り返す。
「そうですよ。血圧が高いんですよ。血圧のせいで倒れた……」浅葱先生の影は瞳の奥を見つめながら繰り返しささやく。
「私は血圧が高いから……」
モンスターママは頭を下に落とすようにガクリと頷いた。そして頭の重さを支えきれないのか、いつまでも下を向いたまま頭をグラグラと揺らしている。
「さあ……、もう落ち着きましたから、帰りましょう」
浅葱先生の影が背中に手をあてるとモンスターママは、ふらついたものの素直に立ちあがった。そして背中を押されるまま、ドアの方へと歩いて行った。
影はドアを開けると、私を振り返って微笑んだ。浅葱先生と同じ顔で。浅葱先生とは似ても似つかない、楽しそうな顔で。
ドアを出ていく二人と見送ると、私は影に戻った。するりと廊下へ出ると、歩いて行くモンスターママと影の後ろ姿が見えた。昇降口に向かっている。もう放っておいても家に帰るだろう。
小さく息を吐き、廊下に漂う香りに意識を振り向ける。
ほのかに漂ってくる、クチナシの香り。紅霧がまた来ていたのだ。私は照明の消えた廊下を滑って、残り香を辿った。
それは一枚のポスターで途切れ……、赤い血の染みの上で一番強く香りを放っていた。
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