深夜想曲

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 私が中学生の時、キリコという級友がいた。  何かとへそ曲がりで屈折しがちな私とは正反対の性格で、正義感が強く、少しおせっかいな面もあった。  級友と言っても特別仲良くは無い私達だったが、ある日、授業用の教材を運ぶ為、二人で廊下を歩いていた時のことだった。 「最近、親戚が亡くなるのが続いてさあ」  キリコが話しかけてきた。 「お祖父さんとか、お祖母さんとか?」 「そう。寂しいんだよね。魂とかって、家の仏壇にいるのかなあ。それともお墓なのかな」  どうだろう。  二人で考えながら歩いていると、向こうから歩いてきた担任の先生に直前まで気づかずに、キリコがすれ違いざま肩を当ててしまった。  軽い悲鳴を上げたキリコの手から教材が落ちる。 「ご、ごめんなさい、先生」  担任はまだ二十代で、やや痩せているが貧弱というわけでもない。そのためキリコの方が一方的によろめいていたが、そのせいだけではないような慌て振りで、彼女はぺこぺこと頭を下げた。赤面している。 「いや、大丈夫。こっちこそ、ごめん」  ぶつかった拍子に、先生がいつも持ち歩いている、大き目のお守り袋も落ちてしまっていた。  紐が緩んでいたせいか、中身が少し覗いた。  ジッパの付いた真空用のビニール袋の中に、白い固体と粉の様なものが入っている。 「それ、何が入ってるんですか?」  キリコが尋ねる。 「ああ、昔飼っていた猫の遺骨なんだ。成仏してくれているといいんだけどね」 「お骨なんて持ち歩いてるんですか」  先生が、長い前髪の奥の細い目で、キリコを見つめた。 「亡くなった人達の魂って、成仏した後でも、なんとなく、骨に少しは宿っている様な気がするんだよ。僕が勝手にそう感じているってだけだけどね。出来れば、いつまでも一緒にいたいじゃないか。だからつい、ね」  そう言って先生は歩いていった。 「私、今の話、先生の気持ちが分かる気がする。亡くなった人を思いやるって、大事なことよね」  そうキリコがつぶやいて立ち尽くしている間に、私は彼女の落とした教材を拾い上げ、もう行こうと促した。  担任の後姿を見送るキリコの瞳が、やけに熱っぽいのは分かったけれど、私には関係のないことだった。
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