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そして、握手会の日。僕はバイト以外で久しぶりに外出をした。
「っ……人いっぱい」
ショッピングモールの屋外イベントスペースに特設テントが立てられていた。一人一人テントに入って数分、赤羽様と話が出来るらしい。
テントの前には入場券を持っているファンの女の子達がずらっと並んでいた。抽選で外れたらしい女の子達も遠巻きに見ている。
やっぱり女の子しか居ない……大丈夫かな。
不安に思いながらも列の方に向かおうとすると、遠巻きのファンの鋭い視線が僕の方に向いた。睨まれたように感じる。
「何あれ、あいつも並ぶの……?」
「男だよね……マジで? あたし達はずれたのに……冷やかしとかじゃないの……?」
「っ……」
目の前が真っ暗になったみたいで。悪い言葉が心に突き刺さり、足がすくんだ。人混みが苦手なのもあってか、気持ち悪さと息苦しさも感じる。
やっぱり来ちゃいけなかった。
そう頭によぎると、僕は列とは逆の方向に歩いてその場から離れていた。
僕みたいなのは、会いに行っちゃいけなかったんだ。遠くから応援するのが正解なんだ。爽世さんには悪いけど、やっぱりダメだった……。
一気に気持ちが沈み、マイナス思考な事を思いながらうつ向いた。鞄の中の握手会入場券とサインを頼もうと思った写真集が見える。あと、バイトで使っていたメイクポーチが入っていた。
それを見て、初めてみどりさんにメイクをしてもらった時の事を思い出した。
『大丈夫、自信持ちなさい! 貴方さっきとは別人だし、きっと貴方だって誰も思わないわ!』
メイクをしたら、誰も僕だって思わない。思えば、メイクをしてバイトをしてる時だけは僕の面影は無かった。
僕以外にも女装をしている人が居たから、恥ずかしさもあまり感じない。本当の顔を隠しているからか、わりとお客さんとも話せるようになっていた。
今はこれしか会う方法が無い。気付いたら僕は走り出していた。
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