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エピローグ
「アキ、もう出勤時間だろ。」
朝、愛おしい人の腕の中、大好きな声で目を冷ます。
「…やだ…
俺も小説家になる。そして一生家にいる… 」
どうしてもまだこの甘やかな時間の中にいたくて、アキはつい駄々をこねてしまう。いつものことだ。
昨夜は雪が降ったから、眠りについたのは明け方で。それが余計にアキを布団から離れ難くする。
「じゃあ、食事も全部、作ってくれるな?」
「やだ!」
この会話も、何度繰り返してきたことだろう。
起きて着替えている間に、湊が朝食を作ってくれる。冷蔵庫には夜に作ってくれたお弁当。本当にマメな男だ。
「美味しい?」
あれ、大好きだったはずなのに。とアキは不思議に思う。朝食に出たグラタンが、全く美味しくない。
「ん…なんか、美味しくない…
絶対あの人のせいだ… 」
棚の写真を指差す。そこには湊と色々なところに出かけた写真がたくさん飾られていて、隅の方に湊とアキトが2人で撮った二枚の写真が飾られている。
湊は優しげに微笑むと、そうかもなと言った。しかしすぐに付け足す。
「いや、好みが変わることもあるしな。」
「…だね。」
でも、なぜだかアキは、アキトがいなくなったあの日から、すこし自分が変わった気がしていた。
まずは、強くなった。人を守りたいと思うようになった。今は企業でセキュリティシステムの開発に携わっている。
そして、余計に湊が好きになった。身体を重ねるとき、キスをするとき、抱きしめられるとき、その全てから、それまでよりずっと愛を感じるようになったからかもしれない。
「行ってきます。」
「いってらっしゃい。」
積もった雪の上に新しい足跡を刻み、今日もまた1日が始まるのだ。
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