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理人さんは、いつもより少しだけ遅い8時15分にやってきた。
ドアが完全に開く前に、身体を滑り込ませるように入ってくる。
あたたかい空気で肺を満たすように深呼吸してから、ぶるりと身震いした。
なにも巻いていないむき出しの首元が、寒そうだ。
クリスマスにマフラーをプレゼントするのもいいかもしれない。
「おはようございます、理人さん」
「……おはよう」
「いつもの、ですよね?」
「……ん」
理人さんがコクリと首を縦に振り、しぱしぱと瞬きする。
長いまつ毛が離れて、また重なった。
かなり眠そうだ。
思わず小さく笑いをこぼしてから、コーヒーカップをマシンをセットする。
背中越しに、理人さんの欠伸が聞こえた。
やっぱり朝の理人さんはかわいい。
もともと朝がものすごく苦手な上に、最近は仕事が忙しくて疲れているようだし、さらに一気に気温が冬らしくなって毎朝ベッドから出るのにひと苦労している。
今夜は何もせず、ただ腕の中に閉じ込めてゆっくり寝かせてあげることにしよう。
もちろん、身を委ねてくる理人さんを目の前にして我慢できる自信はないけれど。
「あっ、神崎課長!」
そんな甘い思考の流れを経つように、甲高い声が混じった。
振り返ると、理人さんとは対照的に、マフラーからイヤーマフから帽子から手袋まで完全防寒した小柄な女性が理人さんの隣に立っていた。
理人さんが、心なしか表情を引き締める。
「あー……大河内さん、おはよう」
「おはようございます!今日も寒いですね!」
「そうだな」
理人さんが、女性のもこもこ具合を見て表情和らげる。
その女性ーー大河内さんは、微かに頬を赤らめながら手袋を脱いだ。
「眠気覚ましのコーヒーですか?」
「うん。大河内さんも飲む?奢るよ」
「えぇっ!?で、でも、そんなの悪い……」
「いいよ。同じのでいいか?」
「……はい」
さっきまで元気いっぱいだった大河内さんが、急にしおらしくなって頷く。
理人さんは満足そうに笑むと、俺に向き直った。
「さっきのコーヒー、もうひとつください」
「……かしこまりました」
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