1人が本棚に入れています
本棚に追加
私が書いたものを、薫さんは読みたいと言ってくれた。
もはやそのことだけが、私をひたすら原稿用紙へと向かわせていた。
本当に書きたいネタは、まだ見つからない。それでも、私は今書いている作品を完成させることに励んでいた。
そんな私はもちろん今日も「春驟雨」で、ときどき薫さんをちらちら見ながら小説の続きを書いていた。
「瀧さん相談乗ってくれますか?」薫さんが飲み物を運んできた瀧さんをつかまえて何か相談をしようとしていた。
薫さんにも悩みってあったんだ。
「今月末に彼女が誕生日なんですけど、どんなものあげたら喜ぶんですかね?」
え。嘘だ。
私はその一言が信じられなかった。いや、その言い方は少し間違っているかもしれない。
信じたくなかった。
そんな。そんな。ちょっと待って。嘘だ。
でも、じゃあ、私は何を望んでたの?
薫さんの恋人になりたかったの?
頭の中が混乱して、ぐちゃぐちゃになる。
なんで。なんで。なんで?
さっきまでずっと必死だったはずの小説が、ただのマス目付きの紙と文字の羅列にしか見えない。
少しでも近付きたい、なんていって飲んでいたカプチーノも、もう苦い泥水と牛乳が混ざっただけの代物だ。
だって、そうでしょう?
私は気がついた。
私は彼にとって、よく行く喫茶店の常連客というだけの位置づけじゃないか。
この前の一回以外会話らしいものなんてほとんどなかったじゃないか。
彼は私のこと全くと言っていいほど知らないし、私も彼のことを同様に知らない。
なのに、なんで私はあんなに舞い上がれたの?
脳内お花畑、という言葉は数十秒前までの私にまさにぴったりだ。
独りよがりもはなはだしいや。
ぬるくなったカプチーノをひと口飲む。
思った通り、ひどく苦いだけだ。なんで私は今までこんなもの飲んでいられたのだろう。
世界が、灰色に塗りかえられた気がした。
そんなものだよね。
そんなものだよね。
最初のコメントを投稿しよう!