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春驟雨
ガラン、とドアベルの音が鳴った。今日もいい音だな、と思いながら私は古い木製の扉を開いた。
「いらっしゃい」と落ち着いた男性の声。
ここは「春驟雨」という名前の喫茶店だ。客は──、あまりいない。けれどその分、店内ではマスターの瀧さんがカップを磨く音と、いまどき珍しいレコードから流れるジャズの音、そしてだれかが本のページをぱらりとめくる音しかしない。静かで、いい場所である。
教科書のせいで重いリュックサックを置いたイスの対岸に、私は浅く腰かけた。
「カプチーノください」顔を瀧さんのほうに向け、私はオーダーをする。
「いつもカプチーノだよね。苦そうな顔して飲んでるけどなんか意味とかあるの?」と顔をあげて私に問いかける瀧さん。私の微妙な顔に気づいていたのか。
「飲みたい気分なんです」適当にはぐらかす。
実は、本来私はかなりの甘党だ。ブラックチョコレートはブラックにする必要がないと思っているし、最近流行りのカカオ度数が八十パーセントのチョコなんて、開発した奴とそれを喜んで食べる奴とは未来永劫分かり合えないと思っている程である。
そこまで語ったところでまた新たなドアベルの音が、私の苦いものアンチテーゼの終了を告げた。
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