第1章

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「お父さんが亡くなってもう10年だよ。いくらお父さんとの思い出の品でもそろそろ寿命だよ。お父さんだってきっと新しいのにしようって言うよ。」 「あら、もうそんなになるかしら… 私はこのジャージを着てるとお父さを感じられて、亡くなった気がしないのよね。穴が開いたって大丈夫よ。ちゃんと繕って着るから。」 初めはこれを着て外に出るのが恥ずかしかったけど、二人一緒だと平気だった。 二人の世界に入れる感じで逆に落ち着いた。 緑のジャージの高村くんは私だけのものに感じて緑のジャージの彼が大好きだったんだ。 高村くんは56歳になってすぐに膵臓ガンを患った。気づいたときはステージ4で手の施しようがないと医師に告げられた。 二人で話し合って長年暮らしたマンションを引き払い、実家の近くに猫の額ほどの庭のあるバリアフリーの一戸建てを買った。 二人で小さい庭に花を植えたり散歩したり、買い物したり… 二人はいつもお揃いの緑のジャージを着ていた。 恥ずかしいなんて思わなかったし、誰も私たちを気にする人はいなかった。
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