家宝

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 かばっと彩菜は勢いよく立ち上がると、机の上に置いてあった鞄に手を伸ばした。持ち主と同じように寝転がっていた茶色のショルダーバッグが、持ち上げられて元の形を取り戻す。 「ほれほれ、彼氏たちが待ってるぞ」という真美の冷やかしに、「だから違うって」といつもの突っ込みを返すと、彩菜は研究室のドアに向かった。  部屋を出ると休日ということもあり、普段は生徒たちで賑わっている廊下は静かだった。 窓の形に切り取られた四角い夏の日差しが、規則的に足元を照らしている。その光に導かれるように廊下を走っていくと、今度は左手に現れた階段に身体の向きを変えた。  彩菜の研究室は四階にあるので、階段で降りるのはわりと重労働だ。夏の暑さも合わさって、一階に着いた頃には早くも額に汗が滲んでいた。  校舎を出て赤レンガの映える広場に出ると、気持ちが良いほどの青空が広がっていた。 山の中腹に位置するこの大学では、広場から自分たちが暮らす町並みが一望できる。そしてその向こうには、最近パワースポットとして人気が出始めた下鴨山の姿も。  四季折々で変化する景色の中で、この季節の風景が彩菜は一番好きだった。 どこまでも吹き抜ける風を感じながら、遠くに浮かぶ入道雲を見ていると、普段自分が抱えている悩みなんてちっぽけなものに思えてくる。 「いけない! 急がなきゃ」     
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