第三章、悦びの歌

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 夜道をトボトボと歩いていると家の近くにある児童公園を通りがかった。あたしが魔法少女になった因縁の地である。そんな事はどうでも良く、ブランコに座りながら下を俯く少年の姿が見えた。その顔は見慣れたものであった。青果のアルバイトの宍戸一郎である。 こんなところで一人で何をしてるんだろうと思いあたしは彼の方に向かった。 「宍戸くんじゃない。久しぶりねぇ」 実際は週に一度は会っているのだが、最近あたしにお鉢が回っている事もあって皮肉の意味で久しぶりと言ってしまった。あたしも案外大人気無いのかもしれない。 「ああ、田中さん……」 一郎の顔は暗かった。辺りが暗いとかそんな意味では無く深刻そうな悩みを抱えている顔をしていた。ワンタッチで彼の心を読めば簡単に分かる問題ではあったが人の心の中にズケズケと入るのも失礼に値するのでやめておいた。あたしはそれとなく最近の事を聞いてみる事にした。 「近頃バイト入るの少ないよねぇ。そんなに学校行事忙しいの?」 彼の顔が更に暗くなった。どうやらビンゴのようだ。 「もしかして青果チームに迷惑かけてます?」 ここで嘘を吐いても仕方ないので正直に言う事にした。 「かけてない…… って言うと嘘になるかな? 結構青果チーム宍戸くん頼りなところあるよ」  野菜の仕分けの早さ、梱包の早さ、カットフルーツの盛り付け、正直なところ即正社員として雇われるぐらいの実力はあった。彼が来ない日にはあたしもこれらの事をしているのだが彼ほど上手く出来た事はない。店内に貼り出される【お客様の声】でも「最近カットフルーツの盛り付けの腕が落ちていると思います」と書かれるぐらいだ。あたしが主婦として包丁を握ってきた生活全てを否定されたような気がしたが、いちいち【お客様の声】なんか気にしていられない。気にしているようじゃスーパーマーケットの店員なんかしていられない。
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