第三章、悦びの歌

4/30
8人が本棚に入れています
本棚に追加
/70ページ
 あたしは年甲斐も無くブランコを漕いだ。膝の上に乗せて落ちないように支えるとすっかりたこ焼きが冷めている事に気がついた。 「あの、僕が何でバイトしてるか知ってますよね?」 「学校から許可証貰ってしているって事は遊ぶ金欲しさとかそんなんでは無いよね?」 近頃のクラス行事で来られないと言う理由を聞いていたあたしはそれを疑っていた。 「母子家庭なんですよ」 今どき珍しくない話。あたしだって夫が隠れてNゲージに数万円も使っている事が分かった時は勢いで離婚しようと思ったぐらいだ。だが、子どもたちの事を考えて自分を殺し許す事にした。この許容の心こそ夫婦生活を長続きさせるコツである。 「それで母は幼い僕と妹を身を削って育ててたんです」 テレビの「貧乏に負けない」とかキャッチフレーズを付けて応援しているようでその実底辺と馬鹿にしている番組とかに出てきそうな家庭そのままである。ここで父はどうした母の仕事は何かとか聞くのは流石に酷だろうか。興味こそあれ、聞くのも失礼か。 「そんな母の背を見て育ったからこそ16歳になって高校生でも働ける場所探したんです」 「それがうちだったと」 「学校終わった後にバイトに入ってその分お金入れてうち何とかやっていけるようになったんですよ。母の夜勤も減りましたし」 日勤より夜勤の方がお給料は高いからね。そうしなくても良いゆとりを作る事に成功したのね…… 目頭が熱くなってきた。 「ところが最近になって……」 一郎の表情がいきなり怒りの表情に変わった。最近アルバイトに来られない理由に関係があるのだろうか。彼は最近の事を語り始めた…… 「北諏訪って女子の委員長がいるんですよ。彼女がとにかくクラスの一致団結を図るタイプの娘で」 ああ、クラスに絶対1人はいたわね。そんなタイプの真面目な女子。 「今、合唱コンクールの時期じゃないですか」 「ええ、今その辺の学校の近く通りかかると練習してるのが聞こえるわね」 「クラス全員に居残って練習することを強制するんですよ」
/70ページ

最初のコメントを投稿しよう!