第三章 粟立つ砂

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 この頃になると、同僚たちの蒼汰に対する態度はさらにひどくなった。全社員が、社長、部長の支配下、主従関係にあるため、『上』の者には従順にならざるを得ないのでしょうがないともいえたが、蒼汰は完全に四面楚歌になっていた。誰も口をきいてくれなくなり、仕事の申し送りも無視された。何も聞いていない蒼汰が部長にその内容を確認すると、それがまた部長の怒りを買うという悪循環になる。  こうして精神崩壊の危機を迎えていた蒼汰に、社長からとどめを刺す言葉が投げられたことで、蒼汰はようやく自分を取り戻した。  サービス残業でくたくたになった身体に鞭打って、ロッカーから自分の荷物を持ち出し、事務所を出ようとした蒼汰を社長が呼び止め、社長室に入るよう命じた。ようやく帰ることができると思ったところに呼び止めらたので、少し反抗的で、疲れ切った顔をしていたのだと思う。そんな蒼汰を椅子に座ったままの社長が下から見上げて言った。 「なあお前、お願いだからこのビルから飛びおりてくれないか」  その瞬間、胸の奥が鈍くうずき、頭の毛が逆立つ感覚を覚える。これまで生きてきて初めて他人に対して強い殺意を覚えた。 「なんだその顔は。文句があるなら言ってみろ。どうせそんな勇気もないんだろうけどな」  人を蔑むだけ蔑む、この男を許してはならない。蒼汰は握った拳に力がどんどん入っていくのを感じた。 「ふざけるな」  自分でも低くドスの利いた声だと思った。社長は一瞬『おっ』という顔をした。 「ふざけるな」  今度は目いっぱい大きな声を張り上げた。社長室の横の事務所のみんながこちらを見ていた。
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