第三章 粟立つ砂

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「お前たちみたいな人間のクズこそ生きてる価値はない。教えてやろうか。今日の今までお前たちが俺に浴びせてきたパワハラの一切を録音してある。そのパワハラと、労基法違反の長時間労働の実態も含めて労働基準監督署と警察に伝えてある。もちろん、社長の今の言葉も、この胸ポケットにあるボイスレコーダーに記録されている」  この会社がブラックだとわかった時から、蒼汰はボールペン型のICボイスレコーを買ってその都度録音していた。ただのバカだと思っていたかもしれないが、人を見くびるとこうなると思い知るがいい。  社長は何も言わない。いや言えなくなった。そんな社長を見ていると怒りがこみ上げてきた。蒼汰は、自分の荷物の入ったバッグを持ち上げ、思い切り床に叩きつけた。その拍子にバッグの中から物があふれ出た。その中に果物ナイフがあった。切れの悪くなったナイフを替えるために、偶然昼休みに買ったもの。それを拾いあげ、手に持つ。  社長の顔色が変わる。蒼汰は刃先を社長に向ける。 「心配しなくてもいいですよ。これはこのサービス残業を終えて家に帰った後、果物を食べるために今日買ったものです。こんな」  と社長を刃先で指す。 「クズたちのために自分の人生を台無しにするほど、私はバカじゃありませんから。ただし、あなたが何かしなければの話ですけどね」  床に散らばった私物に未練はなかった。蒼汰はバッグだけ持ち、ナイフを手に持ったまま社長室を出て事務所に戻る。みんなの顔が凍りついていた。蒼汰は、みんなの顔をじっくり、そしてゆっくり眺め回して言った。 「あなたたちが私にしたすべての言動は一生忘れませんよ。ありがとうございました」  軽く頭を下げ、ゆっくりゆっくり後ろ向きにドアまで行き、事務所を出た。
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