第一章 暗い決意

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 誠のその気持ちは何日たっても消えなかった。本当は、時がたてば自分の気持ちも収まるのではないかと思っていたのだ。だが、その時のことを思い出すたびに、怒りが沸騰してくる。妻には、今回のことは話していないが、何かあったことを感じているようで、しきりに確認をしてくるが、大丈夫だとしか答えていない。  誠の気持ちは限界に達していた。そして、いつしか誠はサバイバルナイフを購入していた。自分のこの怒りを鎮めるためには、もうやるしかないという思いに達していた。誠は実行に移すため、本社の周辺に何度も行き調べた。その結果、社長は自分の車で帰宅するのだが、本社裏の駐車場にいつも1人で向かうことを確認した。その時がチャンスである。  今日がその決行日である。誠は、胸ポケットにナイフを忍ばせて電車で本社へと向かう。その途中、何度も胸ポケットに手を入れ、ナイフを確認した。だが、電車で移動中、誠の気持ちは揺らいでいた。いざ実行となると、恐怖が襲ってくる。また、妻やまだ幼い子供のことが頭をよぎる。そのため事務所を出る時はあれほど強かった殺意が少し萎えてくる。だが、誠はあの日あの時の光景を瞼に浮かべた。  予定通り、社長の帰宅時間に合わせて、本社裏の駐車場に着いた。少し早く着いたので、近くでじっとその時を待つ。  やがて、社長が本社裏のドアを開け駐車場へと出てくる姿が目に入った。先ほど、電車の中で一度緩んだ社長への殺意が、社長の顔を見た瞬間、また激しい憎悪となって湧き上がってくる。「許せない」「殺してやる」。誠は胸ポケットに手を入れるが、緊張でその手は震えていた。しかし、何度も何度も頭の中でシミュレ-ションしてきたことだ。必ずできる。そう自分に言い聞かせて、ナイフを取り出そうとした時だった、社長の後ろのドアが再び開き、総務の女性が社長の側へ近づき何かを話している。その女性は、あの日、唯一私に社長の非礼を心から、しかも何度も何度も頭を下げて詫びてくれた女性だった。その女性の姿に妻の姿が重なった。年齢も妻に近いと思われる、その女性の優しさの記憶が胸を締め付けた。私は、取り出そうとしていたナイフに触れた手を離した。自分が間違ったことを犯そうとしていたことに、目が覚めた。
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