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すべてが終わった時、太一郎はスイッチが切られた瞬間のように、その場に崩れ落ちた。心はまるで冷えた蝋のように固まっていた。これでやっと負の堂々巡りから解放されたという不思議な調和が、そこにはあった。このまま眠りさえすれば、まっさらな新しい次の日がやってくるような気さえする。
「なぜ息子の首に手をかけたんだ?」
自分より少なくとも10歳以上年下と思われる刑事の言葉に太一郎は少し考えたあと言った。
「自分が年取っていく中で、息子の将来を悲観してやりました」
そう答えながら、果たして本当にそうだったのだろうかと太一郎は思った。目の前に存在する自分によく似た不気味な生き物に対して、先に手を下さなければ自分がやられてしまう。そんな思いがあったようにも思う。
「そうか。でも、その瞬間に躊躇いはなかったのか?」
「ありませんでした。その瞬間は、ただただ憎しみです。わが家に不幸をもたらしたすべての元凶のコイツの息の根を止めてやる。それだけでした」
「そんなことをしたら、結局奥さんや娘さんを辛い目にあわせることになるとは思わなかったのか」
「刑事さん、私は追い詰められていたんです。というか、自分で自分を追い詰めてしまったのかもしれません。だから、妻や娘のことを考えることなどできませんでした。いや、違いますね。むしろ、妻や娘のためにもアイツに手をかける必要があると思っていたんです」
あの日あの場所に、もし妻がいたら、自分は妻も手をかけていたと思う。それが妻のためだと信じて。
「刑事さん、考えても見てください。もし、私と妻が死んだあとに、アイツが他人様に危害を加えたら、そのほうが娘を苦しめることになりませんか。その可能性は大いにあったと、私は思っています」
「言っている意味はわかる。だからといって、息子さんの殺人を認めるわけにはいかんけどな」
「それはわかっています。私は息子の殺人の罪から逃げるつもりはありません」
「わかった」
太一郎は、所詮、人の心の傷の深さなど自分以外には伺い知れないと思っている。妻の心の傷の深さや娘の心の傷の深さが自分にわからないように、妻も娘も自分の心の傷の深さはわからないであろう。もちろん、一臣にもあったであろう心の傷の深さが、父親である自分にも最後までわからなかった。もちろん、目の前の刑事にわかるはずもない。
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