短編「春待つ乙女の肖像画」

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とある時代の、とある場所。 季節は冬――。 身寄りのない少女が独り、路地裏の端に座っている。 手足は痩せ細り、髪にはシラミすら湧いていた。 落ちくぼんだ瞳に希望はない。 その命の火は、神さまがふと目を離した隙に、消えていてもおかしくはないように思われた。 その薄暗い路地裏に、太った男がやってくる。 上物のコートに身を包んだ彼は、彼女の前に立つと、黒革の手袋を着けた手を差し出した。 この時代(どの時代でも大差はないことが悲しいが)、身寄りのない少女に残された選択肢は二つしかなかった。 娼婦になるか、死ぬか、である。 男の手は一見、とても温かそうに見えた。 だから……。 少女は生きることにした――。 § 幸いにして、少女はまだ幼かったため、()めて(・・)の客を取るまでには十分な時間があった。 温かい食事をとり、温かいベッドで眠る。 それは、決して長いとは言えない、少女の人生のなかで最も幸福な時間だった。 だが幼い少女とて、この幸せが永遠に続くものではないことを知っていた。 「いつか、あなたは知らない男の人に抱かれるのよ」 毎日、鏡に向かって吐き捨てた。
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