短編「春待つ乙女の肖像画」

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§ そして、その(・・)()はやってきた。 少女には『エリス』という名前が与えられ、まるで商品か何かのように荷馬車で運ばれていった。 行きついた先は、とある(やかた)の一室だった。 「エリスと申します……」 少女は教えられた通りにお辞儀をしてみせた。 ……。 エリスの初めての仕事は、思っていたよりもずっとあっけなく終わった。 「じゃあ、服を脱いで、横になって――」 そう。後は、娼館の上客だというこの紳士が、勝手に進めてくれる。 「初めてはとても痛いから、覚悟はしておくように」と仲間の娼婦に聞かされたことがある。 果たして、その通りだった。脳を打ち貫くような痛みが、少女を引き裂いた。 「よく頑張ったね。今日はゆっくり休むといい」 紳士はそう言うと、さっさと部屋から出て行ってしまった。 独り残された少女は、じんじんと痛む腹の上に手をやって、ぼんやりと天井を見上げていた。 初めてが済むと、少女は大人になるのだと聞かされていた。 だから、初めてのキスも、初めての男も、それを経験した途端に、なにか魔法のような力で急激に世界が変わっていくのだと思っていた。 だが実際には全然、そんなことはなくて……。 正直、拍子抜けだった。 ――それからエリスは、あの太った男の命ずるまま、たくさんの紳士に抱かれていった。 もちろん、太った男に求められれば、その相手をした。 時には死ぬほど恥ずかしいこともされたし、頬が腫れるほどぶたれたこともある。 それでも少女は、路傍で震えるよりはずっといいと思っていた。 体中に泥を塗りつけられるような感覚はあったけれど、そんなものは湯でも浴びて、いつもの少女に戻れば忘れられるのだから。
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