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冬が過ぎたころ。
ひとりの娼婦が姿を消した。仲間の中でもひときわ美しい、長い髪の女の子だった。
名前はシルヴィア。いつも笑って少女に話しかけ、自分も辛いだろうに少女を慰めてくれた。とても優しい子だった。
娼館の太った男に、あの子はどうしたのか、と訊くと、「お前が知ったことではない」とぶたれてしまった。
少女は仕方なく、頬を押さえながら仲間の娼婦に聞いてまわることにした。
シルヴィアのことを知っているという娼婦を見つけたときはうれしかった。
だが、返ってきた答えは、思っていたよりずっと残酷なものだった。
「残虐公がやったんだよ……」
仲間の娼婦は憎しみに顔を歪めた。
「残虐公……?」
聞けば、その『残虐公』というのはこの国の大貴族の一人らしい。戦争では何十万もの軍勢を率い、常勝無敗。いつも大きな戦果を挙げ、国王直々に謝辞を述べられたこともあるそうだ。
しかし、彼の本性はとんでもない怪物であった。彼には一切の慈悲の心がないのだ。敵国の捕虜は取らず、女、子ども、老人に至るまで皆殺しにしてしまうという。
そして、その英雄にしてバケモノが『残虐公』と口汚く罵られるのには、もう一つ理由がある。
彼は長らく戦争が起こらないと、娼婦を壊して遊ぶのだ――。
…………。
シルヴィアは残虐公に魅入られてしまった。
暇つぶしとして貴族のおもちゃになって、あらゆる残虐な行いを受け、少しずつ壊れていった。
そして、完全に壊れてしまったあの子は、『黒薔薇の紋章』の馬車に乗せられ、どこかへ消えてしまった。
少女の目に涙がにじんだ。
ひどい。あまりにもひどすぎる……。
わたしたちがいったい何をしたっていうの?
ただ、毎日必死に、生きているだけなのに……。
うずくまった少女は息を殺して泣いた。
彼女の涙は、娼館の大仰な絨毯に吸い込まれて消えた。
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