短編「春待つ乙女の肖像画」

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§ 月の出ない、フクロウも動物たちの声もしない、不気味な夜だった。 「全員、整列だぁ!! 玄関まで降りてこい!!」 あの太った男のけたたましい叫び声が館中に響き渡った。少女は唾をまき散らして怒鳴る男の顔を想像して辟易した。 従わない訳にはいかないので玄関まで降りていくと、仲間の娼婦たちはすでにみな出揃っていた。 娼婦たちは全員で30人ほど。半分ずつに分かれ、赤い絨毯の敷かれた玄関の両脇に控える。 いったいどうしたというのだろう……? 見ると、隣に並んだ娼婦は目を見開き、震えていた。 「どうしたの……?」 「……残虐公が……くる……」 ――そして、死よりもおぞましいその男がやって来た。 正面玄関がもったいぶったように、ゆっくりと開いていく。 まずは近衛の騎士が二人入室し、膝を折って控える。 そして次に側近の騎士が入り、玄関ホールをぐるりと睨み付ける。安全であることを確認すると、玄関の外に声をかけた。 「お入りください。閣下」 真っ黒な甲冑が、赤い絨毯を踏みしだいた。 背の高い男だった。不気味な黒い甲冑に、漆黒のマント。腰に帯びた剣まで黒塗りにしてあった。 (……これが、残虐公……) 少女は聞いたことがあった。残虐公は戦争でなくとも甲冑を脱ぐことはない。それは、世の中の誰も信用していないからであるという。 残虐公はその場の恐怖を味わうが如くゆっくり息を吸うと、 「服を脱がせろ」 と、低く唸るように言った。
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