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見えなかったはずのあたしの手が、足が、体が、絵の具が画用紙に染み込んでいくみたいにしてじわじわ現れてきたのね。それを見ながらあたし、これが夢だってこともわすれて本物の魔法を見た気分だったわ。
「すごい」
「次は」
「え?」
「次。君が言わないと、はじまらない」
「何がはじまるの?」
まっくろさんは答えずに、ふいと上(どこもかしこもまっしろだから、それが"上"なのかも分からないけど)を見上げた。無視されたのにムッとなって、今度はあたしから尋ねてみたわ。
「あなたは、何て名前なの?」
まっくろさんはアメ玉を呑み込んだみたいな顔でこっちを向いて、「名前」と言った。この子、オウムなのかしら。
オウムなまっくろさんは、少し考えるそぶりをしてから、おかしなことを言うの。
「さあ、何だろ」
「ないの?」
「君が決めてよ」
その言葉にあたしは胸をはって「お安いごようよ」と頼りがいのある答えを返したわ。だって、だれかの名前を考えることは、いつもやっていることだもの。
あたしはまっくろさんとおんなじ、少し考えるそぶりをしてから、とっておきの名前をあげたわ。
「栞、ていうのはどうかしら?」
「シオリ……?」
ようやく、ハテナマークのついた調子の言葉で聞き返された。あたしは自分のネーミングセンスを、我ながらエライとほめてあげたわ。
栞。本にはさむ押し花の紙。世界と世界のはじっこを持って、はなれてしまわないように握っておくの。とてもジュウヨウな仕事をするものね。このまっくろさんには、何となくそれと同じものを感じたの。
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