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「放っておいて。あなたの、手にはかかりたくないわ」
持ち上げる腕を萌葱の掠れた声が制止した。
「断る。逃げる気だろう」
「無理よ。身一つ移動するのにどれだけ消耗するか、あなたには分からないでしょうに」
超能力が齎す負荷は、力を持つ萌葱にしか分からない。
しかしそれが重労働を遥かに凌ぐものだというのは、くずおれている萌葱の様子で分かった。
龍輝は溜息をついて腕を下ろすと、ナイフを床に置いて腰を下ろした。
相手の意思を尊重するだけの心があったのか、と萌葱はほんの少し見直す。
「……一つだけ、聞いていいかしら」
龍輝がスニーカーに刺さった釘に触れたところで、萌葱が尋ねた。
「村を襲ったあの男は、誰なの?」
釘をつまむ指が止まり、垂れた目を細めて思考を巡らせる。
「…知らないな」
幼い日、自分に声をかけてきた男の顔を思い出す。
彼の目的は一体何だったのか、今となっては知る術もない。
没頭しかけた頭を振り切るように、指に力を込めて釘を抜いた。
小屋の外に出てからどれ程の時間が過ぎたのか。
日が傾いて周りの景色も色濃くなった頃、龍輝は小屋の中を覗き込んだ。
一人にして欲しいと言って龍輝を外に追い出した瀕死の萌葱は、眠るように事切れていた。
龍輝は深く息を吐いてから、萌葱の腕を肩にまわして担ぎ上げた。元々華奢なのか、不思議とその身体は軽い。
萌葱のつけていた香水のものか、背中からほのかに甘い香りが漂い鼻を刺激する。
嗅ぎ慣れない匂いに息を止めては吐き、また息を吸っては止めてを繰り返しながら、村の方へと向かった。
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