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3 - Intention
夏の森の中は、街よりずっと涼しい。
青々と茂る木の葉は強い日差しを和らげ、自身が作る影はそこを訪れる者に涼しさを与えてくれる。多くの水を蓄える樹皮もまた、触れれば適度な冷たさを齎す。
耳栓をしても突き抜けてくる蝉の大合唱さえ目を瞑れば、龍輝にとって森は通年快適な庭であった。
手頃な木の間にキャンプ用のハンモックを張り、耳栓をしてから文庫本を開く。
龍輝にとって読書は、学習を兼ねた日課だ。辞書を脇に置き、挟んであった栞を取り出して続きを読み始めた。
蝉の声が邪魔ではないと言えば嘘になるが、昼夜を問わず鳴き続け、どこにいても聞こえるのだから慣れっこである。
「(…何だ?)」
ふと、草むらの隙間から茶色い毛玉が視界に入った。
本から目を離してよく見ると、一匹の子猫がうろうろしていた。
生後二ヶ月ぐらいだろうか。龍輝は上体を起こし辺りを見回してみたが、母猫らしき姿は見当たらない。汚れも少なく、つい最近この近くで捨てられただろう事は容易に想像がついた。
ハンモックから降りて近づくと、子猫は尻込みして龍輝を見上げた。怪我をしている様子はなく、警戒心は薄い。そのまま一歩距離を詰めてしばらく猫を見下ろしていたが、威嚇する事もなくその場に座り込んで鳴いている。余程肝が据わっているのか、あるいは警戒心が足りないのか。
全く逃げる様子のない子猫の首根っこをつまんで顔まで持ち上げると、猫は小さく鳴いて無垢な眼差しを向けた。
そのまま放っておいても良いのだが、野犬や猪の餌にでもなったら寝覚めが悪い。
龍輝の考える事など知らぬ顔で、ハチワレの三毛猫は宙に浮いた足をじたばたと動かしていた。
「鬼子にも動物を殺さないだけの良心があるとは」
抑揚の少ない声は蝉の大合唱よりもはっきり聞こえた。
驚いた拍子に、猫の足が龍輝の顔を掴んだ。足がかりを得た子猫はそのまま龍輝の手から逃れようとしがみつく。遥かに弱い生き物を相手に、龍輝は無数の引っかき傷を代償に子猫を引き剥がした。
そのままハンモックへ放り投げると、ひりつく傷に顔をしかめながら声の方を見た。
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