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目を離した瞬間、何かを白状しかけた声が途切れた。
代わりに飛沫が頬を撫で、龍輝の目を男の方に引き戻す。
「なっ!?」
そこにあったのは、男の首が落ちるまさにその瞬間だった。
頭はやけにゆっくりと空を舞い、赤い花を散らして草むらの海に沈んだ。それを追うように、体がくずおれていく。
ほんの数秒の間に、何が起きたのか。
混乱でしばらく呆然とした後、血痕が龍輝の脇を通り、ハンモックの方へと続いているのに気が付いた。
「(後ろに誰かがいる…?)」
血痕が示す方向へ顔を上げると、疑問の答えはそこに立っていた。
「十年ぶりだな、龍輝」
立っている男もまた、村の生き残りだった。
がっしりした体格は先程の男とは対照的である。
眼帯で隠しきれない右目の傷跡は痛々しく、濃い氷灰色の目からは、目的を必ず成し遂げるという絶対の意志を感じられた。
その姿は、記憶の中の少年とは程遠い。
しかし、龍輝は彼が誰なのかすぐに分かった。
「……蒼鵞」
ソウガ。
村で最も強い権力を持っていた家の息子。
それは龍輝にとって、最も憎い存在だった。
「お前は僕が殺したはずだ!」
真っ直ぐに投げたナイフは蒼鵞に届かず、見えない何かで弾かれると共に空中からその姿を消す。
叩き落されたと分かったのは、蒼鵞が草むらに手を伸ばしてからだった。。
「殺したと思い込んでいただけだろう。事実、俺はこうして生きている」
目の前にいて会話をしているのだから反論の余地もない。やり場のない怒りと恐怖を、龍輝は睨みつける事で外に逃がす。
「…何故殺した」
彼の十年前の生死を言い合うだけ無意味である。思考を一巡し、仲間であるはずの男の首を刎ねた事に話題を切り替える。
蒼鵞は瞬きを挟んで視線を落とした後、隣に咲く赤い花をちらりと見て、淡々と答えた。
「立樹はお前を殺す意思がなかった。復讐にそんな腑抜けはいらない」
「だったら最初からこいつ抜きで復讐すればいいだろう」
「生き残りである以上、これは義務だ。鬼子のお前には分かるまい」
「勝手に僕を鬼子にしたのはお前達だろう!?」
固く握った拳で木を殴り、龍輝は堪えていた怒りを顕にする。
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