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故郷がなくなろうと、何一つ変わっていない。権力を持つ家の意向は絶対で、逆らえば村八分にされる。
立樹もその犠牲者であり、村八分より残酷な選択をさせられた。龍輝とは事情が異なる上、同情もしていないが、今もなお権力という暴力を振りかざす蒼鵞への、怒りの起爆剤となるには十分だ。
その憤怒も意に介さず、蒼鵞は呆れたように溜息をついて言葉を返した。
「だが、それを受け入れたのはお前自身だ」
生まれ持った運命を、宿命だと諦めたのが悪いとでも言うように。
龍輝が狩猟ナイフを抜くのと、その首に細い糸のようなものが巻きついたのは、ほぼ同時だった。
糸の存在に気付いた龍輝は動きを止め、それ以上動けば立樹の二の舞になると直感で理解する。糸はただ巻き付いているだけなのに、紙の端で切ったかのような鋭い傷を作っていく。
自分の体から正面に視線を戻すと、蒼鵞は龍輝を捉えたまま、壁のように静かに立っていた。
相手は微動だにしていないのに、自分は危機に晒されている。圧倒的な力の差を感じた龍輝の全身から、緊張の汗が滲んだ。
「この場で殺したりはしない。まだお前にはやってもらう事がある」
龍輝の敗北を確認した蒼鵞の手が、ほんの少し動いた。
それに従うように糸は首から離れ、音もなく主人の元に帰っていく。糸の末端には形の整った水晶が結び付けられていて、袖の中に潜り込むと、カチリと音を立てて収まった。
蒼鵞が糸を繰っている。そう理解するのに、あまり時間はかからなかった。
「まさか、その力は」
萌葱と同じ超能力を、この男は持っている。
それ自体驚きだが、彼女とは段違いの精度に愕然とした。
袖から覗くアクセサリは、よく見ると腕時計を改造した武器である。より力を理解し、復讐を成し遂げる為に作られた殺意の具現。
龍輝の問いに答える気のない蒼鵞は、叩き落とした投擲ナイフを無関心に拾い上げた。
「……俺には俺の意図がある。次に会う事があれば教えてやる」
眺めていたナイフを構えると、十分な間を置いて勢いよく投げた。
今から投げますよと言わんばかりのあからさまな投擲を躱し、次の攻撃を警戒したが気配はない。
龍輝はゆっくり立ち上がって辺りを見回したが、そこに蒼鵞の姿はどこにもなかった。
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