1 - Again

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 小さく風を切る音が囁くように響き、続いて聴こえたのはあまりに不穏な音だった。  少年が掴んでいた少女の手から力が抜け、ごつりと鈍く不快な音を残して塵と埃だらけの床に沈んだ。  「え…?」  振り返ると、うつ伏せに倒れた少女の背中に、一本のナイフが墓標のように突き刺さっていた。  「う、うわああああ!!」  たった数秒の油断が招いたその光景に、少年はただただ恐怖するしかなかった。  倒れた少女から目を離せない少年の耳に、床の軋む音が届いた。反射的に顔を上げると、先程の顔を隠した男が目の前まで歩いて来ている。  彼が少女を殺した。直感が訴える恐怖に、少年は転びそうになりながら廃屋を飛び出した。家の前には村の中心に位置する老木が立っているだけで、隠れられるような場所はない。藁にも縋る思いで木の方へ駆け寄ると、何かが少年の頬を掠り木に突き刺さった。  「ひっ……!」  木に刺さったナイフは投擲の衝動で小刻みに震えている。逃げ場はない、という警告に、絶望の色が滲む。  廃屋の方を振り向くと、男は一冊の文庫本を手に、何もなかったかのように少年の前まで近づいて来ていた。  「あんた……一体誰なんだ!?」  自分でも情けないと思えるほど震えた声で問いかけた。だが男は答えず、少年の手が届かない距離で立ち止まった。  「戯言はそれで終わりか?」  抑揚が少ないその声は、落ち着いているというより冷酷な印象を受ける。  音の振動が物理的な温度を持っているはずがないのに、その声が氷のような冷たさで少年の頬を撫でていく。  「こんなところで、死んでたまるかよ!」  木に刺さったナイフを力づくで抜き、その勢いで男に投げ返した。しかし少年の精一杯の抵抗も虚しく、男が手にしていた本でナイフを受け止められてしまった。  「……嘘だろ!?」  絵に描いたような防御に、少年は目を見開いた。  男は本を投げ捨てると、上体を沈ませ、懐から引き抜いた狩猟ナイフを少年目がけて薙いだ。  あまりに早い動作に避ける事も出来ず、少年は最初、ただ突き飛ばされただけと錯覚した。その安堵もほんの一瞬で、次の瞬間には赤い絶望が腹に広がっていた。
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