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Prologue - 10 years ago
学校も医者もいないその村は、現代から置き去りにされた地域だった。
山道を外れ、かろうじて残る道なき道の先に、戦前の面影を残す家屋が広場を囲むように数軒立ち並ぶ。
余所者を拒んで生活する人々は、風習に異を唱える人間さえも排除する。
少年はそんな閉ざされた村で生まれた。
「おい坊主」
村から少し外れた場所にある洞窟の入り口で、幼い龍輝は背中から声をかけられた。
振り向くと村では見ない顔の男が立っている。髪を茶色に染めて逆立て、耳や唇にはピアスがついている。黒いライダージャケットを着込み薄青のデニムジーンズを穿いているその姿は不良やヤンキーという言葉がよく似合うが、そう呼ぶには年齢が少々高すぎる。およそ二十代後半か、三十代手前だろう。
「お前その洞窟が怖くねえのか?」
関心がなさそうな口調で男が尋ねると、龍輝は洞窟の入り口を見た。
縦に割れた細長い入り口の前は古びた注連縄が腰を据え、その奥からは冷たく湿った空気が漂ってくる。剥き出しの岩に苔がこびり付き、十分な水気を保持して光合成に勤しんでいる。
龍輝は見慣れた入り口を見回してから、何も言わず首を振って答えた。
「へえ、変わってんな坊主」
不気味な洞窟に物怖じしない龍輝の反応に興味が湧いたのか、男は目を少し見開いて意外そうな顔をする。
「おじさん、誰?」
「お兄さんって言え糞ガキ」
おじさんという呼ばれ方が気に食わなかったらしい。男は睨みをきかせて龍輝を見下ろしたが、臆する事もなく、それどころか慣れていると言わんばかりに龍輝は男を見返していた。
逃げるとばかり思っていた男は、その態度に更なる興味が湧いた。
「びびらねえとは度胸あんじゃねえか。気に入ったぜ」
にい、とつり上がった男の口から黄ばんだ犬歯が覗き込んでいた。
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