20区、ベルヴィル

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「ノーサプライズ?」 がっかりしたようすでイグレックは尋ねた。 「ジャック、世界はいつも驚きにあふれているさ」 ジャマラディーンは言った。 「そうじゃない。いつも何か最後に隠しているだろ、ジャン」 イグレックはジャマラディーンをジャンとフランス風に呼んだ。彼を兄のように慕っていたからだ。 「ジャック、実はもう身を引こうと思っている」 ジャマラディーンは黒い瞳でジャックをまっすぐに見つめて言った。嘘ではない、決意を伝えるには十分だった。 「身を引く?突然の話だな」 「そう、引退だ。おれも若くない。地中海を股にかけて飛び回るのにも疲れたよ」 「ジャマラディーン、まだ老け込む年でもないだろう?まだまだやれるさ、あと五年、いや十年、今までどおり二人で組んでもうけよう」 イグレックは真剣だった。実際、ジャマラディーンほどいい商品を提供してくれる相棒は他にはいなかった。それ以上に、彼が年をとったということを理解することが難しかった。黒人の肌の経年変化は、白人には気付きにくい。イグレックはそのとき初めてジャマラディーンの額の皺、日焼けと加齢で乾燥した薄いかさぶたのような皮膚に気付いたのだった。 「おまえにはおれの仕事を引き継いでくれる男を紹介するよ。信用できる、いいやつだ。おれに似て真っ黒だ」 「引退か、それが最後のサプライズだってのか?」  イグレックは寂しかった。そして、自分もいつか年老いて引退するときが来るということを考えていた。急激に疲労が彼を襲い、自分も年老いたように感じた。 「ジャック」 ジャマラディーンが優しく言った。 「ずっと長いことお前と仕事をしてきた。そして、今まで一度もお前に偽物を掴ませたことはなかった。それがおれの誇りだよ」 「ああ、だからおれはこの世界で信用を落とさずにやってこられた。感謝しているさ」 「ジャック、おまえとはずっとこれからも友人で、兄弟のようにつきあっていけると思う。だがな、商売の話をするのは今日が最後だ」 そう言ったジャマラディーンの口元は、相変わらず寂しげだった。しかし、そのとき一瞬、いつものいたずらっぽい笑みが、ほんのわずかに現れたのをイグレックは見逃さなかった。 「あるのか?サプライズが?」
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