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階下からはどんちゃん騒ぎをするアメリカ人旅行者の会話や笑い声が聞こえた。彼らは海を越え、パリの夜を楽しんでいた。うまいかどうかはわからないが、今まで食べたことのないような珍しい食事、安いが母国のものよりはるかに味わい深いワイン、気の合う仲間とのどんちゃん騒ぎ。階下には生命が溢れていた。
イグレックは生きることに恐怖を感じるような人間ではなかった。彼は死を怖れた。だが、もし生きるのに疲れたら迷わず自殺する勇気もあるだろう。イグレックは彼の目の前で身体を屈めるように座っているイスラム教徒とは違う人間だった。ジャマラディーンよりも勇敢なのではない。イグレックの方が退廃的なのだった。
「もうひとつ」
ジャマラディーンが続けた。
「この薬が有効になるために大切なことがある」
「なんだ?」
「タイミングだ」
「タイミング?」
「そう、タイミングだ。この薬を飲んで不死になるためには、死ぬ1時間以内に飲まなければならない」
ジャマラディーンの口元にわずかに皮肉っぽい笑みが浮かんだ。彼は続けた。
「いつ飲んでもいいわけじゃない。おまえがあと1時間で確実に死ぬとわかってから飲まなければ不死にはならないんだ」
「自分の運命をわかっていないと飲めないじゃないか!」
ジャックは自分でも驚くほど大きな声を出した。ジャマラディーンは穏やかな口調で答えた。
「そう、瀕死の状態で自分の命の火があと1時間もつかどうか、判断できるか?もう死にそうだと思って薬を飲んで、もし1時間半も息があったらどうする?飲むのが早過ぎて薬が無効で、しばらくしたらくたばっちまうのか、薬の効果で不死にはなったが瀕死の状態で生き続けているのか、わかりっこない。そもそも1時間後に死ぬような状態で、自分で封を開けてこの瓶から薬が飲めるかどうか」
ジャックは今度は小さな声で言った。
「だからおまえは飲まないのか」
ジャマラディーンは静かに首を横に振ると、琥珀色の小瓶を手渡した。
「最後のサプライズだ、ジャック・イグレック」
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