モンマルトル、クリシー

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 イグレックはポケットからハンカチの包みを出し、大切そうに広げた。中にはジャマラディーンから手に入れたラストサプライズ、琥珀色の不死の薬が入ったベネチアングラスの小瓶があった。そして、そのとなりには先ほどセキから手に入れた成人数人分の致死量のテトロドトキシンのアンプルがあった。不死の薬と猛毒、この二つが彼の目の前に並んでいた。  不死の薬が、死の一時間以内に飲まなければ効かない、と知った時、イグレックは毒薬を使うことを思い付いた。まず、一時間以内に確実に死ねる毒薬を飲む、そして、毒がまわって動けなくなってしまう前に、不死の薬を飲めばいい。そして、以前、セキが、日本では猛毒のフグを食べる、その毒を研究で使っている、という話をしていたのを思い出した。セキが大ワニの話を信じたかどうかはわからない。ただ、セキはイグレックを怪しんでいたのは確かだった。イグレックが自殺を考えているかもしれないと彼は疑った。しかし、イグレックがしようとしていることは自殺ではなく、不死になることだった。  イグレックはまず、不死の薬を見た。神秘的な美しい液体。だが、現実主義のイグレックは、不死の薬などこの世にないと思っていた。しかし、ジャマラディーンのことは信じていた。自分を信じるか、友人を信じるか。この液体が本当に不死の薬なのか、イグレックにとって、真偽は半々だった。  次にTTXとラベルされたアンプルを見た。セキが本物のテトロドトキシンを扱っていて、それを持ち出せるのは確かだ。だが、セキはイグレックが自殺をするのではないかと心配していた。自殺させないために偽の無毒の液体を渡したとも考えられる。セキは、たぶん大ワニの話は信じなかっただろう。しかし、もし大ワニの話が本当で毒薬が偽物だったら、イグレックがワニの餌食になる危険があることを彼はわかっているはずだ。親友を死の危険にさらすような男ではないし、彼の笑顔は友情に満ちていた。本物か偽物か、どちらを渡すのがセキにとって真の友情なのか。そう考えると、この猛毒のアンプルの真偽もイグレックには半々といったところだった。 「世の中、何も信じられないな」 イグレックは苦笑した。ただ、彼は彼の友人ふたりの友情だけは信じることができた。それが彼の気持ちを幸せにした。
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