ニース、ネグレスコのラウンジ

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「それで、飲んだのですか?」 ゴールドフィッシュ氏はイグレック氏に尋ねた。 「ええ」 「その不死の薬はともかく、大ワニを殺せるような量のテトロドトキシンを?」  イグレックは、残り少なくなったカルヴァドスのブランデーグラスを回しながら言った。 「たしかに二つとも飲み干した。ただ、不死の薬と毒薬を前にして、私は気が動転していたのだろう。本当はまず毒薬を飲んで、その後で不死の薬を飲まなければならなかった。が、何を勘違いしたのか、私は最初に不死の薬を飲んでしまった。そこで気がつけば、ただあやしげな薬が無効になっただけだったのだが、それから、何の迷いもなく毒薬を全部飲んでしまったのだ。フロイトによると、ちょっとした間違いが人の潜在意識を表しているという。私は無意識に不死の薬をまず選んだ、つまり心の底では生きたい、という気持ちが強かったのだ。でも、生きるため、不死の薬を有効にするためには先に毒薬を飲まなければならなかった。気が付いたときには私の目の前には二つの空瓶が転がっていた」  イグレックは残りのカルヴァドスを飲み干した。カルヴァドスも深い琥珀色のブランデーである。数十年前、イグレックは不死の薬も同じように一息で飲み干したに違いない。 「それでは不死の薬は無効で、毒のほうは効いてしまう?」 「そう、毒を飲まずに不死の薬を飲んだ時、その1時間後に死が訪れる予定はまったくなかったわけだから。そして、その後に飲んだ毒はいつでもちゃんと有効なはずだ。私は青ざめた。飲む前、生きるためのこととはいえ、不死の薬の存在など本気では信じていなかった。だから、この賭けは死んでもしょうがないという気持ちがあったからできたのだ。私は疲れていて、いつも死に憧れていた。だから、不死になるためとはいえ、猛毒を飲むことができたのだ」 イグレックはゆっくりと続けた。
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