パリ、某救命救急センター

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「ゴールドフィッシュさん、あなたのご専門の立場から、私のこの奇妙な体験について、何か御意見をいただけますかな?」 イグレックはゆったりとくつろいだ口調で言った。 「まず、よく助かった、神さまとすばらしい医療スタッフに感謝しましょう」 ゴールドフィッシュは続けた。 「いくつかの可能性があります。やはり私は医師ですから、不死の薬を信じるわけにはいきません。不死の薬もテトロドトキシンと言われた液体もただの無害なものだったとしましょう。最初に不死の薬を飲んでも何も起こりません。そして毒を飲む。飲む順番を間違えたことに気付きます。極度の動揺と恐怖から、呼吸が荒くなる。いったん呼吸が荒くなると人はそれを自制できなくなります。過換気症候群、血液はアルカローシスになり、手や足がしびれてくる。そして意識も朦朧となることもあります」 「では、毒でなくても同じような症状になることもあると?」 「そう、あなたはただ交通事故にあっただけだった」 「それは、現実的ですが、いちばんつまらない結論ですな」 「まだ、他にも可能性があります。セキ氏があなたに本当のテトロドトキシンを手渡したかもしれない」 「いや、そうであれば、私は、事故はともかく毒のために死んでいたはずです」 「いえ、むしろ事故があなたを助けた。テトロドトキシンで呼吸が止まる寸前に気管挿管され呼吸器をつけられた。大量のステロイドとアドレナリン、しかも血液が入れ替わるほどの出血と輸血。もちろん事故に対する処置なのですが、テトロドトキシン中毒の治療としては十分すぎるものでしょう」 「なるほど、おもしろい。では、不死の薬も毒薬も本物だとしたら?」 「順番を間違った時点で不死の薬は無効でしょう?」 「いや、そうではない。その日、私は交通事故で死ぬ運命だったとしたら?事故で死ぬはずの時間、あらかじめ定められた私の寿命が燃え尽きるその時の一時間前に、ちょうど偶然に私は不死の薬を飲んだ。毒を飲もうと飲むまいと、私はその一時間後に事故に会う運命だった。だから、不死の薬は有効となって、毒で死ぬこともなく、事故で死ぬこともなかった。いかがかな?」
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