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すると、その低姿勢な彼の態度に、ビビっていると勘違いしたのか、
先輩達は彼を嘲るように見下ろすと
「おいおい、こんな立派な格好しておきながら中身は恋する乙女だってか?ぎゃはははっ」
どっと周りが笑う。
【恋】という測ったかのようなタイムリーな話題と、そして【乙女】その単語を投げつけられ
恒星の肩が僅かに反応した。
「……じゃねぇ…………。」
嘲笑の響く中で、ぼそりと恒星が呟く。
「んぁあ?なんだってぇ???」
その小さな言葉。
彼が屈辱に震えているものと思い、男は薄ら笑いで聞き返す。
恒星はその要求に応えて大声で叫んだ。
「「乙女じゃねぇぇぇぇぇぇっっっ!!!!!!!」」
ーーーーーー
数日の体のなまりを物ともせず、身体の大きい先輩方をばったばったと薙ぎ倒す恒星。
その勢いたるや、凄まじいもので、もはや図星だったのではないかの如く次から次へと投げ飛ばしていった。
「はぁ……はぁ……はぁぁぁあ…。」
散々怒りを発散させてやっと冷静になる恒星。
途端に彼らが発した言葉はただの挑発であると分かった途端、一気に馬鹿らしく感じた。
「……かえろ。」
軽く身体についた埃を払って、カバンを持つと、恒星は伸びきった男達を置いて家に帰る。
さて、これからこの居心地の悪い感情をどう対処すれば良いものか。
もはや一回全て彼にぶつけてみようかとも思ったが、彼に気持ち悪がられるかも知れないと思うとどうしても気が引けた。
恒星は、この気持ちが恋だと確定させるのが、どうしても怖かった。
ビビっている訳ではない。
恐らく恋になってしまったら、この先ただ苦しくなるだけだからだ。
「ただいま……。」
家のドアノブをひねると、鍵が開いていた。
扉を開け中に入ると、そこには出勤の準備をしている母、白星の姿があった。
「あら、恒星おかえり〜」
化粧をしながらへらりと笑う彼女。
その顔は、年齢の割には若々しく、キレイに巻いた髪と相まって、まだまだ現役という雰囲気を醸し出している。
見る人が見れば、20代と言われても頷きそうな美しさだった。
「今日早かったねー?」
「おう……今から飯作るわ。」
「助かる〜、さっすがママの子供〜。」
常に伸びる語尾はまるで普段から酔っているようで。
その独特の軽いテンションが櫻井家の母の特徴だった。
「うわ、醤油ねーし。」
エプロンをつけ台所に立つ恒星。
「じゃあ帰りに買ってくねー!他に何か足りないものある?」
「あー……じゃあ牛乳頼むわ。」
料理をする息子と、買い物を頼まれる母親。
少し変なやり取りではあるが、これが櫻井家の日常である。
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