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正直、櫻井少年は悩んだ。
今この状況を母に伝えるべきか否か。
仕事上恋愛経験が豊富な母ならば、何か有益なアドバイスを貰えるかもしれない。
だが、恒星が頭を悩ませているのはそこではなかった。
それは、自分の息子が同性に恋をしているかもしれないというカミングアウトに、実の母がどんなリアクションをするかという事だった。
この気持ちは、異常なのだろうか。
そもそも、本当に恋なのか。
『ただの勘違い。』なんて言われるかもしれない。
だが、その言葉を言われた事を考えると、何故か心臓が鉛のようにずんと重くなる感覚を覚えた。
「……なんでもねぇよ。」
相談に乗って欲しい。
応援してくれなくとも、
異常ではないと、言って欲しい。
だが、その欲求よりも、やはり否定される事に対する恐怖の方が、何よりも恒星を震わせた。
己の女々しさと、歯痒さに自然と拳を握る。
人に打ち明けられない事は、こんなにも苦しいのか。
「……ふぅん。」
恒星の答えに、母は口いっぱいにナポリタンを咀嚼しつつ軽く返す。
チャンスを逃したと落胆する気持ちも半分、深く詮索されなかった事に安堵する自分もいた。
「ごちそうさまー、美味しかったぁ〜!!食器お願いできる?」
暫くして、取り込まれていた洗濯物を畳んでいると、そう母がその若干気まずかった沈黙を破る。
皿の中はどれも綺麗に完食しており、感想が嘘ではなかった事が分かる。
「おん、どうせ北斗たちも帰ってくるしその時一緒に洗うから、流しに置いといて。」
「はいは〜い!もう本当に助かっちゃうわぁ、恒星ちゃん本当天才!!」
「うるせぇなぁ」
先程までの雰囲気をガラリと変える母の振る舞いは、流石職業柄と言わざるべきを得ない。
そしてそのまま白星は軽くメイクを直して荷物を持つと立ち上がった。
「じゃあその分お母さんは、みんなを養う為に今日もバリバリ働いてきま〜す!!」
「はやく行けって。」
元気よくそう宣言する母に、軽くため息を吐きながら、突っ込む。
そう促されて、母はテンションはそのままに玄関でパンプスを履くが、何を思ったのか、それを脱ぎ、再び中に入ると恒星の元まで来た。
そして、ふわりと彼の頭に手を乗せると
「私の可愛い恒星ちゃん。本当に辛い事とか、困った事があったらなんでも言ってね?ママは絶対に貴方の味方だから。」
ふわり、その笑顔はいつもの無邪気なものではなく、愛する子に対する母の慈愛そのものだった。
「じゃあ、行ってくるね。」
ぽかんとする恒星に、そう付け加えて、母はそのまま玄関から出てゆく。
すると暫くして、どうやら外で北斗達と出会ったのか再び彼女のはしゃぐ声が聞こえた。
「……やっぱ、かなわねぇわ…。」
どんなに子供っぽくて、変わっていても、
やはり母は母だった。
一人になった家。
恒星は少し照れ臭くなりつつも、どこか胸が軽くなり、救われた様な気がした。
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