第1章

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 玄関には寮生各自専用のポストがあった。今日も手を入れたのは単なる習慣だったが、何かに触れた。取り出した手がつかんでいたのは、オレンジ色のチェック柄の、定型より小さいサイズの封筒だった。差出人は矢田美世子、高校の同級生で、彼女も東京の大学に進学していた。  しかし、なぜ彼女が、僕に手紙を?  すぐに中を読みたい衝動を抑えながら、自室に戻って封を切る。  封筒と同じデザインの便せんに、大学生活には慣れましたか、懐かしくて筆をとりました、と端正な字で綴られていた。元同級生たちの消息が書かれ、東京でも会えたら良いですね、と住所と電話番号が書かれていた。  この手紙は何? ただ懐かしさから手紙を書いたのだろうか? 東京に元同級生は、僕だけではない。なぜ、僕に?  高校三年の頃は、窓に切り取られた青空のイメージだ。机から顔を上げると、窓の外の青空だけが眩しくて、空はどんどん高く大きく広がり、僕は暗い穴のような中に沈みこんでいくーー  当時僕は、勉強している時だけ生きていける気がしていた。問題を解いている間だけは、嫌なことを忘れられたし、見たくない人を見なくても済んだから。 「阪口くん、少し教えてくれる?」  と少女が二人やってきた。矢田さんと高岡さんだ。高岡さんは社長令嬢だと聞いた。 「阪口くんは、国語が得意でいいな……」  僕の解説の後、矢野さんがぽつりと言った。 「矢田さんは英語得意だよね。ヒアリングは僕より上だ」 「英語は面白いの」  矢田さんの表情が一変して明るくなった。 「将来外国人と接する仕事がしたいの。アメリカでホームステイをしたことがあって、その時ホストファミリーのママが……」  楽しそうに夢を語る彼女に、僕はひどく距離感を覚えた。外国に行くなんて夢のまた夢。世界が違い過ぎる。大学に合格できなかったら、東京に出るどころか、就職か自衛隊しか、僕には道がないのに……  それ以来、矢田さんと長く喋った記憶がない。彼女との接点は見つからない。  それでも、彼女は僕を思い出してくれた。ふと、そう思った。同じ東京にいるというだけの共通点しかない元クラスメートなのに。何だか嬉しい。  矢田さん、何はともあれ、僕を思い出してくれて、ありがとう。手紙に返事を書こう、感謝の印に。何を、どんなことを書こうか。
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