第一章 居合い道

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 見渡すかぎり広い武道場の奥に、さきほどの影山順也の姿があった。畳は替えたばかりなのか、井草の良い香りが漂っていた。  少し離れるだけで、かなり背の高かった順也が小さく見えてしまうほど、武道場は広い。 「抜刀道には“形”“土壇斬り”“小太刀”“自由斬り”に競技が分かれてるんだ。自由斬りは14本の形があって、そのうちの初段は1本、弐段以上は2本を斬って優劣を競うんだ」 「ふーん…」 「ちなみに14本の形ってのが、“袈裟斬り”“逆袈裟斬り”“水平斬り”“燕返し”“稲妻斬り”“逆稲妻斬り”“波返し”“水返し”“川蝉”“水車”“霞”“勝虫”“雷”“雷光”“浮雲”っていうんだ」 「…なんか時代劇の殺陣みたいだな」 「そりゃそうだ。刀だからな。似たようなもんだよ…」  順也の近くまで行き、三人は壁に沿って正座をする。岳たちが来たのを一瞥すると、順也は目だけで微笑んだ。  目の前に木製のスタンドが立てられ、その上に巻き藁が床と垂直に立てられた。辺りはしん…と静まり返る。僅か数秒の間に一陣の風が起きたような気がした。そして再び戻った静寂。  あまりの速さに岳は何が起きたのか、眼で確認することが出来ずにいた。気付いたときには、鈍い音ともにその場に巻き藁の一部がバサリと落ちていた。そして、斜めに切られた巻き藁の下部が残り、ゆっくりと刀を納めた影山順也が立っている。  なんて綺麗な所作なんだ…。  初めてみた迫力ある光景に、岳は息を呑む。順也が振りかざした真剣の切っ先さえ、目で追うことは不可能だった。  まっすぐに伸びた背筋。さきほどロッカールームでユルく話していた彼とはまるで別人のようだ。 「うーん、まだいまいち!やっぱり片目だと切り口が甘いな…」  順也は『ごめんねー』と謝りながら、自分が本調子ではないと言った。  これが本調子ではないだって?  岳は未だに呆然としていた。素人の自分にでさえわかる。これを天才の為せる技といわんとすれば、他に何があるというのだ…?  まぎれもなく、影山順也は天才だと岳は感じていた。
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