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そう、亮次も知っていた。兄はきっと自分を責めてはいない。兄は誰も責めたりはしなかった。
いつまでも打ち解けず、反抗ばかりしていた亮次のことも、自分に過剰な期待を寄せる両親のことも。
それは兄が家族を愛していたからだ。それぞれが自分勝手な方向を向いていた家族の中で、兄だけが家族のことを考えていた。あの家の中で、圧倒的に孤独だったのは兄だったのだと、今頃になって気付く。
「――俺がこんなこと言うのは、ほんとに身勝手だと思うけど、兄貴に美里がいてくれて、本当に良かったと俺は思ってる。……兄貴はきっと、美里といるときだけは、ちゃんと息が出来たんじゃないかって、そんな気がするんだ」
美里はふいに俯き、テーブルに手をついて、両手で顔を覆いながら静かに泣いた。
「美里、」
「うん……、うん……」
頷きながら、美里は、享一に逢いたい……、とひと言呟いた。それは兄が死んでから初めて聞く、美里の本音だった。
亮次が思わず美里のそばに寄りその肩を抱くと、美里は亮次の胸にすがりつくようにしてまた泣いた。
強い胸の痛みと、あの頃の激しい喪失感や罪悪感が再び蘇るのを、亮次は甘んじて受け留めた。
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