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そう言えば、真治の会社のCMに出ているのも確か彼女だった。自ら自社の広告塔となっているのだと初めて知る。
「うちの会社は元々母方の祖父が興したものだ。うちの親父は婿養子に入って祖父の後を継いだんだが、十二年前に、車で事故死した。それだけならまだいい。でも実はその時、親父は愛人、つまりあの坊主の母親と一緒だったんだ。これはもちろん世間には知られていない。嗅ぎ付けたマスコミもいたけど全力でねじ伏せたからな」
真治はいいか? と亮次に短く尋ねてから煙草に火を点けた。
亮次は予想もしていなかった話に、尋ねるべき言葉がすぐに見つからず、しばし口をつぐむ。
「遅れたが、もねが世話になったことは礼を言う」
「……もね?」
「あの坊主の名前だ。月岡もね。変な名前だろ」
もね。月岡もね。初めて坊の名前を知って、こんな時だというのに、亮次は感慨深い気持ちになった。
もね。とても可愛い名前だ。坊にすごくよく似合っている。名前に「月」が入っているという偶然にも驚いた。
「もねの父親、つまり俺の父親でもある鷹蔵清彦って男は、救いがたいロマンチストでね。画家崩れの夢多き男ってやつだった。もねって名前も、親父ともねの母親が初めて逢ったのがモネの絵画展だったからだと、死んだあと見つかった日記に書いてあった。すでに妻がいながら、『彼女を見た時、運命を感じた』なんて恥ずかしげもなく書くような、ほんとにどうしようもない男でね」
真治は煙と一緒に吐き棄てるように言った。
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