第五章 さよなら、坊。元気でな

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「経営の才覚もないクセに夢ばかり語るイタい男だったよ。まったく、自分の親父ながら恥ずかしくて仕方がない」  心底軽蔑するといった口調で真治が言う。  辛辣な真治の言葉を聞きながら、亮次は坊の父親が画家だったという話にひどく興味を惹かれた。十二年前に亡くなったのなら、その頃の坊はまだかなり幼かっただろうから、父親から直接、本格的な絵の手ほどきを受けたとは考えにくい。  けれど坊があれほど熱心に絵を描くのは、きっと父親の血を引いたからなのだろうと亮次は思った。 「坊、……もねの母親は、どんな人だったんだ」 「あいつの母親も婚外子だった。フランス人の男と日本人の愛人との間に生まれた子供だったと聞いてる。つまりもねはクォーターってやつだ」  それを聞いて、もねの容姿の理由がはっきりとした。  だが他に、もっと大きな疑問が残っている。 「……もねは、なんで喋らないんだ。日本語が判らないのか?」  そう尋ねたとき、真治の顔がはっきりと歪んだ。乱暴に煙草を揉み消し、グラスの炭酸水を一気に飲み干してから、亮次を見て暗い笑みを浮かべた。
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