第五章 さよなら、坊。元気でな

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「うちの母親は普段、豪放磊落で気さくな女を装ってはいるが、実際は、とんでもなく我がままで、神経質で、気に食わないものは人でも物でも簡単に切り捨てる女だ。……でも、その母も、自分が切り捨てたもねが、赤ん坊みたいな心のまま成長していくのがだんだん怖くなったんだろう。そのうちもねの名前を聞くだけでもおかしくなった。もねは母が親父から愛されてなかったことの最大の証拠だからな。それで二年くらい前からどんどん精神を病んでいった。……笑えるよな。真の(きさき)だなんて、どんな皮肉だよって思わないか」  真治は少し疲れたように口の端だけで笑い、煙草を揉み消した。 「母親がおかしくなり始めてから、家の者たちは相談してもねを人に預けることにした。金を握らせて、もねの存在は絶対誰にも知らせず、鷹蔵家との繋がりも決して世間に洩らさないように約束させた。でもある日あいつは逃げ出して、そのまま行方不明になったんだ。もねはろくに喋れないし、自分が今までどういう家で育ったのかもよく判ってない。でも万が一、何かの拍子にこのことが露呈したら大スキャンダルだ。母がしてきたことは人道的に許されるものじゃない。世間にバレたら、鷹蔵真妃もTAKAKURAも終わりだ。だから捜索願も出さず、独自に捜させた。そしてやっと見つけたと思ったら、見知らぬ男と一緒にいる。どういう男か調べなきゃならない。金で強請るような男だったら面倒だからな。だからしばらく様子を窺っていたが、どうやらまともな男らしいってことで、こうしてご挨拶に参上したって訳だ」  真治はこれで話は終わりだ、というように両手を軽く広げて見せた。
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