第五章 さよなら、坊。元気でな

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「これだけ身内の恥をさらしたんだ。あんたにはこちらの要求に従ってもらいたい」 「なに?」  「もねを返してくれ。これまでのこともあるからな、それなりの謝礼はする。それに口止め料も乗せれば、あんたはしばらくなんの不自由もなく暮らせる。悪い話じゃないだろ」 「ふざけるな! こんな話聞いといて、もねを返せるわけないだろ。どんだけあいつを苦しめれば気が済むんだ」   亮次の罵倒を、真治は冷静な眼差しで聞いていた。それが余計に腹立たしくて亮次はギリッと唇を噛む。  真治はどこか憐れむような顔で亮次を見た。 「なあ、加賀見さん。もねはあんたに随分懐いてるみたいだが、それは生まれたヒナが、最初に見たやつを親だと思い込むのと一緒なんだぜ。自分が誰かすら知らないあいつが、アンタが『誰』かなんて考えるわけがない。安全な場所でぬくぬく過ごせればそれでいいのさ。それ以上でも以下でもない。つまりあんたは永遠に片想いってワケだ」  思いがけない言葉に、亮次はハッと目を瞠った。真治は思っていた以上に鋭い男だと知る。あの薄い調査報告書と数枚の写真程度で、この男は、亮次の気持ちにまで感づいているのだ。
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