第五章 さよなら、坊。元気でな

11/12
前へ
/101ページ
次へ
 アパートには明かりが灯っていた。暗くなったら電気をつける。それは亮次が坊に教えたことのひとつだ。  重い足取りで玄関の前に立ち、鍵を開けると、坊がいつものように、そこに立っていた。  その姿を見た瞬間、亮次は抱き締めたい気持ちを懸命に堪えた。  坊はただいまの挨拶を言わない亮次を不思議そうに見たあと、亮次の後ろに立つ真治を見てかすかに身体を揺らした。だが意外なことに、怯えの様子を見せることはなかった。  母親の厳命を守り続けているのか、真治は弟に話し掛けることはせず、狭い玄関の壁に腕を組んでもたれたまま、無表情に坊を見ていた。  亮次は坊の脇をすり抜け、紙袋に坊の僅かな服や持ち物を詰め込み始めた。坊はその脇で、亮次と荷物を交互に見ながら、落ち着かない様子を見せる。  亮次は坊を見ることが出来ず、懸命に目を逸らし続けた。きっと坊は、どうして? どうして? と目で問いかけているはずだ。  坊を無視し続けながら、鷹蔵の家の連中は、どうしてこんな辛いことを続けて来られたのだろうと、新たな怒りが沸いてくる。  けれど自分は今、もっと酷いことをしているのだ。
/101ページ

最初のコメントを投稿しよう!

228人が本棚に入れています
本棚に追加