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「坊、おまえの兄さんが迎えに来た。だから一緒に帰るんだ。ここへはもう来ちゃ駄目だ。逃げ出すのもダメだぞ」
視線を合わせないまま早口に告げて、荷物を真治に渡すために立ち上がった時、坊がふいに亮次の手を握った。
「――ッ」
たまらず亮次は坊を奪うように抱き締めた。
「すまない、……すまない、坊――」
そのまま坊を抱きあげ、真治に紙袋を渡すと三人で外に出た。アパートの前に真治の車が停まっている。
真治が黙って助手席のドアを開けると、亮次は坊をそこへ座らせて、亮次の腕を掴む坊の手をそっと外させた。
「……元気でな」
坊主頭を撫でるとまた苦しくなり、断ち切るようにドアを閉める。
真治はそれを見届けると、運転席のドアを開けた。
「どこへ、連れていくんだ」
亮次がかすれた声で尋ねると、真治は一瞬手を止め、
「……あんたは知らない方がいい」
背を向けたまま告げると、運転席に乗り込み、エンジンをかけた。
ほどなく車が動き出す。亮次は助手席の坊を見た。坊もウインドウ越しに亮次を見ていた。そして、ちいさく笑った。
「ッ……、そこで笑うのかよ……!」
堪らなくなって追いかけたくなるのを、亮次は必死に堪えた。見る間に坊の姿がどんどん遠ざかってゆく。
「坊……、もね――」
呼んだとたん、全身から力が抜けて、亮次はその場に膝をつき、崩れ落ちた。
茫然と見上げた夜空には、坊と出逢った日と同じように、煌々と輝く満月が懸かっていた。
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