第六章 優しい訪問者

2/14
前へ
/101ページ
次へ
 桜はとうに散り、日々は新緑の眩さに彩られて輝いている。けれど亮次の目がそれらに奪われることはなかった。  坊と離れてから半月が過ぎた。月が出る頃になると、亮次の足は自然とあの公園へと向かった。池のほとりで煙草をふかし、夜風に揺れる竹藪をぼんやりと見つめる。  あの夜、アパートに戻り、キッチンで水を出そうとしたとき、坊の歯ブラシが残っているのを見つけて亮次は堪えきれずに泣いた。まるで半身を引き千切られたみたいだった。  翌日、訪ねて来た美里に簡単に事情を話し、それから坊の歯ブラシを捨ててくれるように頼んだ。  けれど壁に貼られた、坊が描いた亮次の絵だけは、どうしても捨てることが出来なかった。そっと剥がして、目に触れない場所へとしまう亮次を、美里が痛ましそうに見ていた。  元に戻っただけだと、何度も自分に言い聞かせる。また兄を星の世界へ送るために金を貯め続ければいいのだ。  けれどプツリと糸が切れたように、すべての気力が失われてしまった。  コトリ、と温められた惣菜が、テーブルの上に置かれる。亮次が虚ろな目で見上げると、美里は眉を顰めた。
/101ページ

最初のコメントを投稿しよう!

229人が本棚に入れています
本棚に追加