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その男が亮次のアパートを訪れたのは、それから数日後の夜のことだった。
肩書のない名刺を出し、もねさんのことでお話が、というので、亮次は彼を部屋に招き入れた。
嶋田良夫と名乗ったその男は、五十がらみの温和な顔立ちをした男だった。
出された茶を前に、嶋田はかすかに目を細めて部屋のなかを見回した。
「ここに、もねさんがいたんですね」
「……あの、あなたは坊、……もねとはどういったご関係ですか。もねがどうかしたんですか」
心配を色濃く滲ませて亮次が尋ねると、嶋田は改めて亮次をまっすぐに見た。
「もねさんは無事です。でも元気がありません」
亮次が顔を曇らせると、嶋田は優しい眼差しで亮次を見つめた。
「私は真治さんから依頼を受けて、もねさんをお預かりしている者です。今日は、少しお話があって、突然すみませんでした」
「よく、ここが判りましたね」
「それは、もねさんの絵が教えてくれたんです」
「絵?」
嶋田は脇に置いていた鞄から書類ホルダーを取り出して、その中に大切そうにしまわれていた紙の束を亮次に差し出した。
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