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「けれどもねさんはそういう生活に慣れていたのか、一日中独りでいても、誰とも話さなくても、特に苦痛を訴えるようなことはありませんでした。身の回りのことも、たいていは独りで出来ましたし、……ああ、散髪だけは私がやっておりましたが」
「散髪? じゃあ、あの坊主頭はあなたが?」
「ええ、それも真治さんの指示です。独りでお風呂に入っても、簡単に頭を洗えるようにと」
「そうだったんですか」
ずっと不思議に思っていたことも、理由を聞けば実にシンプルな話だった。合理主義者の真治らしい指示だ。
「でも私は、その散髪の時間が好きでした。あの坊主頭はもねさんにとてもよく似合っていますし、その時だけはちゃんともねさんに触れることが出来ましたから」
しみじみと語る嶋田の顔を、亮次は思わず見つめる。そこにあったのは、まるで大切な我が子について語る父親のような、切なく、慈愛に満ちた眼差しだった。
鷹蔵の家から忌み嫌われていた坊も、少なくともこの嶋田の家では大切にされていたのだと判り、亮次は安堵の溜め息を洩らす。
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