第六章 優しい訪問者

8/14
前へ
/101ページ
次へ
「けれどもねさんはそういう生活に慣れていたのか、一日中独りでいても、誰とも話さなくても、特に苦痛を訴えるようなことはありませんでした。身の回りのことも、たいていは独りで出来ましたし、……ああ、散髪だけは私がやっておりましたが」 「散髪? じゃあ、あの坊主頭はあなたが?」 「ええ、それも真治さんの指示です。独りでお風呂に入っても、簡単に頭を洗えるようにと」 「そうだったんですか」  ずっと不思議に思っていたことも、理由を聞けば実にシンプルな話だった。合理主義者の真治らしい指示だ。 「でも私は、その散髪の時間が好きでした。あの坊主頭はもねさんにとてもよく似合っていますし、その時だけはちゃんともねさんに触れることが出来ましたから」  しみじみと語る嶋田の顔を、亮次は思わず見つめる。そこにあったのは、まるで大切な我が子について語る父親のような、切なく、慈愛に満ちた眼差しだった。  鷹蔵の家から忌み嫌われていた坊も、少なくともこの嶋田の家では大切にされていたのだと判り、亮次は安堵の溜め息を洩らす。
/101ページ

最初のコメントを投稿しよう!

229人が本棚に入れています
本棚に追加