故郷、富山へ

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「好奇心を満たす行為には特別な理由なんて無いものだ、俺は黒姫山を見て、登りたいと思ったから登ってみた、それだけだ」 「登りたかったから……」 「強いて言うなら、登って、見てみたかったんだな」 「うん?」 「あの山の頂から見える世界を、な」 「おお、一体何が見えたんだ!」  シートから身を乗り出して俺の腕を掴んで問い質してくる彼女。掴まれた腕がちょっと痛い、興奮しすぎだなぁ。  やんわり、ゆっくりと彼女の手を外し、俺は話を続けた。 「抽象的で言葉で表すに値しない。辿り着く行程と、辿り着いた先に見えるもの、経験と体験をひっくるめて感じることが登山なのだと思う。だから説明しても無駄だ」 「むぅ、何を言ってるのかよく解らん」 「まあそうだろうな」 「何かズルいな、司令官は」 「元司令だ」  不満そうに唇を尖らせてドッカとシートに乱暴に座り込む彼女。その後、暫くの間沈黙が続く。
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